「神様は答えをくださったのに、私がその答えが気に入らないと言って押しのけてしまったのではないか。」
真のお父様に帰ろう!サンクチュアリ教会『三代王権天一聖殿』: 韓国青年たち50、冬の修練集会質疑応答 ◆ 天一国妍雅二代王妃◆ 2023年2月24~26日 華陽韓国青年修練会
(質問用紙1の部分)から引用します。(翻訳・掲載に感謝申し上げます。)
1.本当に心から望むなら。 そうしたら神様が教えてくださいます。
私はこう思います。 本当に心から望むなら。 そうしたら神様が教えてくださいます。 でも、もし私が答えをもらえなかったとしたら、最初に私が本当に熱望していたのかを考えてみなければなりません。 自分自身に本当に正直に。 自分が知ってるじゃないですか。
2.神様は答えをくださったのに、私がその答えが気に入らないと言って押しのけてしまったのではないか。
二つ目はひたすら待てと言いながら答えをくれない、私に待てと言われるけれど、待つ過程で何か見逃していなかったか。 神様は答えをくださったのに、私がその答えが気に入らないと言って押しのけてしまったのではないか。 それを尋ねてみないといけません。
3.神様の時間を待たなければなりません
3つ目は、それでも待てとおっしゃる。 私が見るには神様の返事を逃さなかった。 それでも神様が待てとおっしゃるなら待つのです。 それが信仰です。
でも、それは本当にもどかしいですよね。 どうやって待つというの? 忙しい世の中で、携帯電話はどんどんアップデートされるし、チャンネルを押すとどんどん出てくるというのに、いったいどうやって待つというんですか?
でも見てください。 今まで人生で一番重要なことはすべて待っていました。
考えてみてください。 お父さんに会いたい時、ソウルで働いているお父さんに毎日会いたい。 でも、お父さんが帰って来る日を待たないといけないじゃないですか。 それなのに神様には「神様、今すぐ来てください、right now!」 どうしてこんな風にできるんですか? なんて傲慢なんでしょう。
歌が上手な人に「あなたは歌が上手だから right now 今すぐ歌を歌ってみせて!」って言ったらダメじゃないですか。 人にもそんなことしないのに神様にどうしてそんなことを言えるんですか。
神様の時間を待たなければなりませんよね。
次の過去記事があります。
⑥原理原本から「み旨を願うあまり性急になるのではなく永遠に信じて従う」 - 群馬県高崎市白岩町サンクチュアリ教会(元・埼玉サンクチュアリ教会)
「祈ること」(1)と「待つこと」(3)が苦手なのは、既に自覚していました。
しかし今回、「気に入ること」(2)についても反省しました。
「おまえはもはや足りている。この事については、重ねてわたしに言ってはならない。」 - 群馬県高崎市白岩町サンクチュアリ教会(元・埼玉サンクチュアリ教会)