埼玉サンクチュアリ教会(日本サンクチュアリ協会 埼玉教会)

私ども夫婦は、2015年8月30日に米国サンクチュアリ教会本部で行われた「真の御父様の聖和3周年記念礼拝」(真の基元節)および「真の御父様の権威に戻るための祝福式」に参加し、同日の夜、日本において「真の御父様の権威に戻るための祝福式」を行うための、任命の祝祷を受けました。
2015年12月30日にCyberサンクチュアリ人協会の会長を辞め、真の御父様・亨進様・国進様の側近である江利川総会長の下で働くため、日本サンクチュアリ協会に移籍しました。

当ブログを振り返る 劉会長の講話を読んで

9月30日の「シャボン玉のブログ」から、劉会長の講話を引用します。
(翻訳・掲載に感謝申し上げます。)

そして堕落した人間がもどってくる蕩減復帰、罪が何なのか、そして罪を犯せば必ず罰を受けないといけません。条件を払っていかなければなりません。罪を犯したら、、罪を犯しても神様は許してくれると思っていますが、許すことはできません。罪を犯せば犯した分だけ罰を受けないといけないのです。 それを原理では蕩減条件を立てて帰ってこなければならないと言います。


そのようにしてこそ初めて、誤まったことを見て、あぁ自分が誤まったことによってこのような現象が現れたのだな。これを感じてそこから悔い改めたとき、神様は許されるとおっしゃいました。 


1.罪について、昨年8月21日の当ブログから、二代王の御言葉を引用します。


自分は神様の律法を破っていた

私たちが” 自分は神様の律法を破っていた”と言う事を一度理解するのは、とても興味深い事です。


例えば「私は とても 良い人間だ」 と いつも 言っている人…それは、本当でしょうか?


2.罰について、昨年7月16日の当ブログから、二代王の御言葉を引用します。


神様を受け入れなければなりません

真の神様との関わりとは自己を再創造し、ときには痛みを伴う形で自己を成長させ強化する、そのようなものなのです。

そういう過程を通して神様はあなたが想像もしなかったような人間に作り上げて下さるのです。

私たちは自己の思いを滅却して、神様を受け入れなければなりません。


3.悔い改めについて、今年1月23日の当ブログから、二代王の御言葉を引用します。


神様を讃えることを選んだのです

いちじくの木は花咲かず、ぶどうの木は実らず、家畜の群れたちが、子供を生まなくなったとしても、彼はそれでも、神様を讃えるでしょう。彼が褒め称えることは簡単なことではないかもしれません、彼はすべてが失敗し期待どうりにいかなかったことをみてきたにも関らず、、しかし、彼は神様を讃えるでしょう。ハバククはイチジクの木からイチジクの実を得ることは出来ず、かれは、家畜たちを生産的に養うことが出来ず、しかし、彼は神様に対して自身の応答を成す事ができました。彼は神様を讃えることを選んだのです。


大切なことなので、記憶しやすいように、まとめます。

「罪」を忘れず、「罰」を受け入れ、「神様」を讃える


このまとめから思い出す、6月2日の当ブログから、二代王の御言葉を引用して終わります。


私に集中しない

本当に悔い改めたときに人は、明るくならなければなりません。なぜか?私に集中しないから!神様の驚くべき愛と神様の犠牲!神様の前に感謝すること!神様の一万の十字架の路程を通して死んだ者を生かす慈悲!賛美したい内容。賛美したい私。山の上から谷まで、私たちの歌が響き、天から列邦(地上の国々)まで私たちの賛美が満ち溢れます。


(お問い合わせ先:メール sanctuary.saitama@gmail.com
         電話番号 堀勇一070-6670-5334 堀久子070-6637-7424 )


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