「羊飼い」としての懺悔 キングズレポートから
から引用します。
「主管はしないが、放任もしない」という方針は、以前から伺っていました。
私自身は、「細胞分裂」という名目で、「放任」していることを反省します。
「首都圏礼拝」に依存してもいます。
(スタッフの皆様に感謝申し上げます。)
2018/11/10 改めて「自由と責任」 「教会長」としての懺悔 - 埼玉サンクチュアリ教会(日本サンクチュアリ協会 埼玉教会)
から引用します。
「反省」は言葉だけでした。
メンバーの「自由と責任」に頼ることを、自分の「自由と責任」にしてしまいました。
「天一国主人家庭」=「神氏族メシヤ」=「家庭教会」としては、かまわないかも知れませんが、「教会長」としては不足でした。
日本サンクチュアリ協会の「組織改革」と共に、再出発させて頂きます。
から引用します。(翻訳・掲載に感謝申し上げます。)
私たちは勇士的な王と勇士的な祭祀長にならなければなりません。 羊飼いのイメージで。
羊飼いはどうやって統治しますか? 羊を搾取するのではありません。 保護します。羊と一緒に歩き、導きます。 渓谷と丘を導きながら...。 それが王と祭祀長です。
これを読んで、上記の過去記事を思い出しました。
それと同時に、自分を反省する時にいつも思い出す、若い頃の出来事も蘇りました。
エピソード1
社会人になって最初に就職した証券会社の新人研修で、グループに分かれた「オリエンテーリング」(地図上に表示された目印の地点をたどっていき、ゴールまでのタイムを競う)訓練がありました。
締め切りの時間が決まっていたため、それに間に合うように、私はスピードアップしましたが、同じグループの仲間はついて来れませんでした。
私はどうにか締め切りに間に合いましたが、「仲間を置いてきた」ということで、誉められませんでした。
エピーソード2
その後、支店に配属され、最初の頃は同期の仲間と仲良くさぼっていました。
しかし、ある時、やる気が起こり、仲間がさぼっていても頑張るようになりました。
そして営業成績が上がった後、ペーパーテストと面接による「留学生選抜試験」を受け、同期の中でただ一人選抜されました。
エピーソード3
1年間アメリカに留学した後、ニューヨーク支店に行き、アメリカの証券営業の資格を取りました。
その試験の日、指示された「外国人用」の試験場に行くと、なぜか誰もいませんでした。
そこで電話で問い合わせて、「アメリカ人用」の試験場に移り、そこで受験させてもらい、合格しました。
共通していることは、「一人でできる」ということです。
「自由と責任」は肌に合います。
自分がサンクチュアリに来るのは簡単でした。
家庭連合の人達を見捨てるのも簡単です。
しかし「羊と一緒に歩き、導きます。 渓谷と丘を導きながら...。」を忘れてはいけません。
誰もが「一人でできる」とは限らないからです。
少なくともサンクチュアリの仲間は助けるべきです。
最近、反省すべき出来事があったので、懺悔します。
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「悪い話」(カイン)の後には、「良い話」(アベル)もしてよい(すべき?)、と思います。
上記のキングズレポートから再び引用します。
感情に依存していた場合、情に関係はないと一緒にいるのがとても難しくなり、おそらくは主を去ることでしょう。
私達は自分の感情に頼っただけなら、感情の高低に揺さぶられるでしょう。
なぜなら感情は絶えず変化し、気まぐれだからです。
知性はここに関与しなければなりません。
私たちは真のお父様がどんな方だったか、記憶して、心の中で整理しなければなりません。 そうすれば、厳しい時期に再び気を引き締めることができます。
「感情よりも知性を重視し、御父様の御言葉を愛する。」
この点には自信がある、という話で終わります。
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