埼玉サンクチュアリ教会(日本サンクチュアリ協会 埼玉教会)

私ども夫婦は、2015年8月30日に米国サンクチュアリ教会本部で行われた「真の御父様の聖和3周年記念礼拝」(真の基元節)および「真の御父様の権威に戻るための祝福式」に参加し、同日の夜、日本において「真の御父様の権威に戻るための祝福式」を行うための、任命の祝祷を受けました。
2015年12月30日にCyberサンクチュアリ人協会の会長を辞め、真の御父様・亨進様・国進様の側近である江利川総会長の下で働くため、日本サンクチュアリ協会に移籍しました。

高齢者のための御言葉

9月18日のキングズレポートから引用します。
(翻訳・掲載に感謝申し上げます。)

60代になっている方は、しきりに引退、引退をお話をしていますが、真のお父様がいつ引退されました!

そんなことを私に言うこともしないで下さいということです。


9月7日の御言葉から引用します。
(翻訳・掲載に感謝申し上げます。)

あけみさん、立ってください。あけみさんは57歳です。 57歳。 うわあ、そんなに肌がきれいで、王妃に皮膚管理する機械まであげて、(日本語で)「あけみさんも、武道訓練もしていますね。 うわ、57歳。若者の心があるんですよね。


皆さんは50歳60歳70歳(になって)「あ、私は年老いた・・・。オオオ、痛い痛い、腰が痛い、肘が痛い、膝が…」このように生きたいですか。あるいは、痛いのは当たり前だ。訓練しなくちゃ。 こんなふうに生きたいですか。 え?臆病者、どれい、愚か者、敗北者、奴隷として生きたいですか。 勝利者、武士、勇士、将軍として生きたいですか。


(中略)


関節炎は当然であり、体が痛いのは当然であり、それでも、模範的な生き方と天一国の民と王と王妃、平和軍警察、美しい絶対性の夫婦を作り、お父様に栄光をお返ししながら、子ども達も誇らしい平和軍警察に育てて、


(中略)


年齢は皆さんの考えの(中に)、頭の中にあり、お父様は九旬(90歳)になられても、全世界を歩き回っていらっしゃったじゃないですか。 一日に20時間を走って通っておられました。


7月5日のブログでも、國進様の類似の御言葉を引用しました。

年をとっても挑戦を続ける。それこそ主権者ではありませんか。

でもかつての力は、結構早く戻ってきますよ。精神は変わりません。潜在意識は働くのです。

しかし、すぐに忘れていました。
記憶力が落ちたのも‥‥。
いいえ、そんなことはない、と考え直します。


(お問い合わせ先:メール sanctuary.saitama@gmail.com
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審判期間のショッピング

今日は9月23日、まさに「中間点」で、この話題になりました。


9月7日の御言葉から引用します。
(翻訳・掲載に感謝申し上げます。)

婦人と楽しくショッピングしながら、ショッピングを沢山しながら、何も買わない術を学ばなければなりません。 そしたら、女性のストレスが全て解放されます。


一生懸命ショッピングして、最後に安い物を1つだけ買って、「あ~、一生懸命ショッピングした!」 そんな方法をしらないでしょ!二代王はそんな秘密を知っています。 知ってますか?知りませんか?(知っています。) 


高い物を買ってあげると言いながら、「お金がないじゃないの。」「大丈夫だ。私は二代王様だ。」と、言いながら行って、一番高いものを全て着ても大丈夫。買いさえしなければ大丈夫。


*その次においしいコーヒーを飲んで美味しいお菓子を食べて、「あ~、私たち、一生懸命ショッピングしたね。 今日は。高い物を買ったね。」

**その次に、行く前に、奥さんが何回か見た物をさっと買ってあげなければなりません。


それを買った後、そのような微妙な世界を、皆さんは男の子たちに教えてあげなければなりません。

便宜上、*と**の印をつけました。
理解が難しい部分です。
もしかすると、*と**は、順番が逆でしょうか?
*の「高い物を買ったね」というのは、明るい冗談でしょうか?
**の「奥さんが何回か見た物」は、安い物に限られるのでしょうか?
私は、もう少し学ぶ必要があります。


それはさておき、別のことも思い出しました。
昨年2月19日の当ブログで引用した、亨進様の処女著作「はげ頭と苺」(2004年)の「苺」のエピソード(158頁と159頁から抜粋)を再掲します。

上を見ると、崖っぷちから、その獣が姿を現し、下を見下ろしています----それは巨大な虎でした。

今度は下を見下ろすと、暗闇からもう一匹の別の虎が姿を現しました。

再び、上を見上げると、一匹の黒い鼠と一匹の白い鼠が、唯一の命綱であるその蔓をかじっているではありませんか。

その絶体絶命の瞬間、目を開けてみると、ちょうど農夫の目の前に、甘くておいしそうな苺がありました。

農夫はその苺を取って口に入れました----その美味しかったことといったら…

もしも、私たちが「この場」と「この瞬間」に関心を持って、注意を払うのを怠りさえしなければ、私たちの人生は素晴らしく豊かな、香りのよい苺に満ち溢れていることが分かるでしょう。

審判期間にも「苺」はある、ということです。


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「今はヨナの時ではありません」

9月17日の英語説教から引用します。
(翻訳・掲載に感謝申し上げます。)

災難が起きるとき、目覚めた人たち、判断力を持っていて準備していた人たちにこびへつらうようになるのは、滑稽なことではないでしょうか。どのようにあなたに期待すると言うのでしょうか。私の世話をしなければならない、と。いいえ。そのようなことはありません。今はヨナの時ではありません。キリストが審判しに来る終わりの時なのです。


9月13日の当ブログで、「ヨナ書」を引用していることもあり、その意味が気になりました。


ヨナ書/ 03章 04節

ヨナはその町にはいり、初め一日路を行きめぐって呼ばわり、「四十日を経たらニネベは滅びる」と言った。 

ヨナ書/ 03章 10節

神は彼らのなすところ、その悪い道を離れたのを見られ、彼らの上に下そうと言われた災を思いかえして、これをおやめになった。 

「預言者の責任」に関することではなく、「神様の審判」に関することだと分かりました。
「終わりの時」である「今」は、「審判」が中止されることはない、という意味です。


「災害に備える運動」が無駄に終わることは、残念ながら、無さそうです。
そして、それを聞かない人がいても、やはり「預言者の責任」ではなく、その人の責任です。


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