「聞いた人の責任分担はその人の問題なのです。」
から引用します。(翻訳・掲載に感謝申し上げます。)
絶対に話してはならない言葉だけを話されました。
おそらくワシントンタイムズでその時は何周年記でしたでしょうか、 おそらく25周年でしたでしょうか、30年前、ワシントンでお父様が演説をされました。大きなホテルで約1000名ほど、人々を招待されて御言を話されました。その時はワシントンタイムズですから、政治界、経済界、そして各界の米国のエリートたちが集まりました。ワシントンタイムズが主催する行事であるからです。
ところでお父様はその席でどのような御言を語られたかと言いますと、イエス様について御言を語られ、マリアに対して語られ、そしてイエス様の生涯路程においてマリアが責任分担を果たせなかったことに対して、御言を語られました。
これは米国の政治家、経済人達を集めるところで絶対に話してはならない言葉だけを話されました。
実際私も参加して、そしてその時に語られた内容を、お父様が予め作られた原稿を 翻訳をするように言われたことを思い出しているのですが、その時ワシントンタイムズの責任を持っていた人が続けてお父様に懇願しました。「お父様、どうかお父様が準備された原稿をお考えにならず、私が個別に準備した原稿がありますので、この原稿をどうか代わりに読んでください」と、この人は言いました。
私も、江利川会長に対して、少し似たことをしようとしました。
それを撤回したのは、会長による次のリマのお陰でした。
2021年4月27日
天基12 年天暦3月16日
おはようございます。リマをお送りします。
「神様に従っていく皆さんは先生がなさることに対して平面的な意見のみで騒いではならない。」
(み旨の道 従順より)
お父様は、失敗であるとみなされませんでした。
しかしお父様はそうされませんでした。
そして1000人集まった人々、 長く話されました。長く話された最後に、1000人集まった人の中で、後で見ると、お父様の御言が終わる頃には、私が見たところ一人も残っていませんでした。全ての人が「何を言っているのか」と言ってみんな出て行ってしまいました。
イエス様について話をしされたのでユダヤ人たちがまず出て行って、マリアについて話をされたのでカトリックの人たちが出て行って、そしてこのような政治家の人達を集めて宗教の話をしたので、残りの人たちもみんな出て行きました。無神論者も皆出て行きました。ですから残った人がいませんでした。スタッフだけが残りました。
それでもお父様は、失敗であるとみなされませんでした。「預言者として、メシアとして話さなければならないことを話したので成功したのである。これを受け入れるか、受け入れないかはその人たちの責任である。」それが責任分担です。お父様さんはメシアとして言わなければならない責任分担をされたのであり、聞いた人の責任分担はその人の問題なのです。
「自由と人権を守る日米韓協議会」は、内外共に、成功することを願います。