から引用します。(翻訳・掲載に感謝申し上げます。)
愛国者の人々が目覚めて気づくことができるのか(認識)
この時代の危険性に気づいて、世界中が全体主義になっていって貧困な国になっていく時、愛国者の人々が目覚めて気づくことができるのか。
本当に今起こっていることに気づけている人がいません。
エリートイズムというか、アメリカには絶対にこないだろうと思い込んでいること。そういう地獄の共産党の国から来た人から言えるのは、こういうことはやってくる。逃れることはできない。この土地にやってくることである。
誰も何もすることができなく、どんどんひどくなっていって国が破壊されていっています。
ちゃんと神様の意思を守って動いてもらわないといけない(責任)
もし私たちが、ずっと見てみぬふりをしたら。あまりにも痛々しくて、あまりにも酷過ぎて。なぜかというと、私たちの生き方を変えないといけないし、山を登り返さないといけないし、私は山の半分くらいしか行ってなくて、しかし、もう道がなくなったから、一度少し降りてまた新しい道を作らないといけない。たまには下に行って、新しい道を切り拓くのも重要です。
キリスト教の人たちが、ただ新しいただ新しい教会を作り続けていくのは意味がないのです。神様は確かに私たちに恵みを与えたいのですが、ちゃんと神様の意思を守って動いてもらわないといけないのです。
神様、どうか私に祝福を、恵みを。とお祈りするように言ったのではないのです。
神様の王国は、天のように地上にもやってくると、そういうことに気づいていけば、もっと責任をとるようになると、神様へ対しての責任もとるようになりますし、この最後の時、人類の未来がここの愛国者の手の中にあって、世界中他に逃げられるところがありません。
このような試練の時が、試されている時であり、私たちをもっと壮大な人々に作り替えようされており、ヒーロー的な個人にしようとしていて、もっと強い人々に変えようとしている。もっと独立した人にしようとしていて、もっと強い良い父、良い旦那、良い王、良い牧師、良い女、良い王妃、良い伝道師、もっと良いお母さん、そうなるように私たちを呼び掛けておられます。
肉体的に不可能だと感じることも、神様と一緒ならば不可能ではありません(実践)
肉体的に不可能だと感じることも、神様と一緒ならば不可能ではありません。ということは私たちにも責任がありますし、私たちにしかやれないこともあります。そしてその鍵は、それを受け入れること。勇気をもって恐怖を持たない。そして神様と一緒に信仰していくこと。そしてあなたの人生には意味があるということ。そしてこのような時に呼びかけられているということなのです。
そして祖国の父、血を流して犠牲になっていった戦士達が今わたしたちを見ています。次の世代に何を与えられるのか。私たちが逃げて行って共産党にあげ渡すのか。それとも愛国者として、アメリカ人として世界の自由の守り人として。
いいえ!私たちは最終の壁としてここの線をこさせない。ここには入り込めない。
そしてリバティ自由の炎をたやしてはいけない。そして神様と一緒に立って、お祈りして、そして一緒に親睦してトレーニングするのです。
ですから神様が必要とする時、私たちが最後の壁になれるようにされます。そして正しいことをやれるように。そして世界を守れるようにされます。
兄弟姉妹を集めて動かす(同志)
そのような魂が必要なのです。もしキリスト教を動かすことができたら、兄弟姉妹を集めて動かすことができたら。
保証はもちろんないのです。誰がここを生き延びれるかは、わからないのです。
しかし、神様の意思をやって、神様が望んでいることをやる。そして本当の最後には私たちが勝利します。
そして私たちはもっと高いもののために戦っていく、平和軍警察として中央的にそそのかされていない男と女たち。そして私たちの子供と一緒に。