あきらめない夫婦の為に 大切なみ言葉
昨日の当ブログは、「極端」と言えますので、バランスを取りたいと思います。
まず、み言葉ではありませんが、2月28日の当ブログ「尊敬と愛 夫婦にとって大切なみ言葉」から引用します。
亨進様のみ言葉を踏まえた、私自身の文章です。
尊敬できない夫を尊敬するコツは、「御父様の精子」から出た者だと思うことです。
「御父様の息子」と考えると立派なイメージですが、立派でなくても、できが悪くても、「御父様の血統が入っている者」です。
男性は、尊敬されれば、妻が愛らしく感じるものです。
亨進様は、よく分かっていらっしゃいます。
尊敬してくれない妻を、先に愛するにはどうするか?
女性は「愛を表現してもらいたい」。
愛らしくなくても、愛を表現してしまえばよいかも知れません。
そうすれば、女性は、夫を尊敬するようになるのではないでしょうか?
これは、「愛と美の授受作用」の話です。
「授受作用」の前提となるのは「相対基準」です。
原理本体論276頁から引用します。
結婚は自分のためにするものではありません。
相対を完成させるためにするものです。
相対が完成すれば、自分も完成するという話です。
自分が完成しようという思いで相対に出会うとすれば、相対がその立場に立ってくれはしません。
亨進様説教集の第3巻「悔い改めと精誠」43頁から44頁にかけて引用します。
「愛の世界の原則」は、私が死んでこそ、さらに深い愛を感じるのではないですか。
夫婦の仲においては、私が低くなってこそ、より深くて奥深い愛を感じることができます。
自分は自らの意向で、自分だけ生きようとし、妻は妻の意向で生きようとするならば、争いがあるだけです。
自己中心の動機では、共通目的が生まれません。
それでは「相対基準」が結ばれず、「愛と美の授受作用」が始まりません。
「共通目的」が必要です。
ですから「共通の信仰」は生命線です。
それを土台として、「共通目的」を拡大・強化することが重要です。
その時からが、「愛と美の授受作用」の話です。
これは、「ボールとバット」か「ブレーキとアクセル」か「知と情」か分かりませんが、「極と極」には違いない私どもが、夫婦でいられる理由です。
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