また「霊的なエリート」 別の意味で
4月2日付当ブログ「『福音派を神側に引っ張ってくる』ために」について、Picardさんから頂いたコメントを引用させて頂きます。
いきなり牧師さんに、「マリヤ様がザカリヤと関係を持ったとしても、意味があったと思います。」などと言ったら即、あなたは異端だ、神とイエス・キリストを冒涜するのか、と言われ、二度と話を聞いてくれないのではないでしょうか。
牧師に話す内容は順を追っていくほうがいいと思いますが。
アドバイスに感謝申し上げます。
その通りにすることに致しました。
一昨日、「聖書勉強会」で牧師と話をしました。
私達が受け入れることのできない下記のうち、2と3に異議を述べました。
4は、2と3に付随するものです。
1に触れるのを保留しました。
1.イエス様の処女降誕
2.イエス様の肉体復活と昇天
3.イエス様の空中再臨
4.信徒の肉体復活と空中携挙
結果は、お互いに許容できる範囲で、友好関係を持続できました。
Picardさんに重ねて感謝申し上げます。
申し遅れましたが、私達は元々「統一教会に通うのを止めた」と自己紹介しています。
一昨日も、家内はしきりに「原理講論」と「文鮮明先生」を持ち出そうとしていました。
私は「統一教会とキリスト教会の違いにとらわれるよりも、共通点を大切にしたい」とフォローしていました。
「バットとボール」ではありませんが、「アクセルとブレーキ」のようでした。
さて、本題は「霊的なエリート」です。
牧師と話す中で、私達は強力な「罪観」を持っていることに気づきました。
それと比べたら、亨進様の説教にある通り、クリスチャンは御利益信仰に近いと感じました。
私達は「罪観のエリート」です。
私達は「原罪」を重視していますが、牧師からは「自犯罪」を考えるように言われました。
私達は「自犯罪」の自覚も得意です。
私は済州島修練会のアンケートで、「どんな時に罪を意識しますか?」という質問に答えたことを思い出しました。
「献金摂理に反発心を持つ時」と私は書きました。
「自分の思いは罪だ」と私達は教育されてきたと思います。
そのようにして「奴隷」になっていた者が、サンクチュアリ教会に来ることができたのは、神様の恩恵です。
その意味でも、私達は「霊的なエリート」に違いありません。
そのことに感謝し、誇り、神様に栄光をお返ししたいと思います。
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