もう一度 聖句による「家庭連合の批判」
(昨日の当ブログにつきましては、参考になるコメントを頂きましたことに感謝申し上げます。)
マタイによる福音書/ 12章 34節~37節
まむしの子らよ。あなたがたは悪い者であるのに、どうして良いことを語ることができようか。おおよそ、心からあふれることを、口が語るものである。
善人はよい倉から良い物を取り出し、悪人は悪い倉から悪い物を取り出す。
あなたがたに言うが、審判の日には、人はその語る無益な言葉に対して、言い開きをしなければならないであろう。
あなたは、自分の言葉によって正しいとされ、また自分の言葉によって罪ありとされるからである」。
韓氏オモニの耳に入るから、「お金のため」「生活のため」に、原理=御父様を否定する「発言」をするのも悪いことです。
しかし、上記の聖句によれば、もともと原理=御父様を否定しているから、そういう「発言」ができることになります。
澤田さんの活動により、「発言」が引き出されました。
配下の講師に罪をなすりつける幹部を断罪するものです。
逃げ回る徳野氏の「発言」も聞きたいものです。
マタイによる福音書/ 12章 38節~42節
そのとき、律法学者、パリサイ人のうちのある人々がイエスにむかって言った、「先生、わたしたちはあなたから、しるしを見せていただきとうございます」。
すると、彼らに答えて言われた、「邪悪で不義な時代は、しるしを求める。しかし、預言者ヨナのしるしのほかには、なんのしるしも与えられないであろう。
すなわち、ヨナが三日三晩、大魚の腹の中にいたように、人の子も三日三晩、地の中にいるであろう。
ニネベの人々が、今の時代の人々と共にさばきの場に立って、彼らを罪に定めるであろう。なぜなら、ニネベの人々はヨナの宣教によって悔い改めたからである。しかし見よ、ヨナにまさる者がここにいる。
南の女王が、今の時代の人々と共にさばきの場に立って、彼らを罪に定めるであろう。なぜなら、彼女はソロモンの知恵を聞くために地の果から、はるばるきたからである。しかし見よ、ソロモンにまさる者がここにいる。
御父様による三度の戴冠式を見ても、否定する人達。
むしろ自分の考えで、「銃器」を理由に、否定する人達。
3年間の荒野路程の沈黙を破って、大躍進する「真の父母様の代身者・相続者」を否定する人達。
「邪悪で不義な」人達を、無数の先祖達が「罪に定める」ことになるでしょう。
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