家庭連合の公職者の生き残る道 「内部改革」
最近訓読した、サムエル記の冒頭には、強欲な「公職者」が登場します。
シロには、エリのふたりの子、ホフニとピネハスとがいて、主に仕える祭司であった。
(サムエル記上/ 01章 03節)
さて、エリの子らは、よこしまな人々で、主を恐れなかった。
(サムエル記上/ 02章 12節)
その若者たちの罪は、主の前に非常に大きかった。この人々が主の供え物を軽んじたからである。
(サムエル記上/ 02章 17節)
彼らに対する、神の裁きの言葉は、次です。
どうしてあなたがたは、わたしが命じた犠牲と供え物をむさぼりの目をもって見るのか。またなにゆえ、わたしよりも自分の子らを尊び、わたしの民イスラエルのささげるもろもろの供え物の、最も良き部分をもって自分を肥やすのか』。
(サムエル記上/ 02章 29節)
見よ、日が来るであろう。その日、わたしはあなたの力と、あなたの父の家の力を断ち、あなたの家に年老いた者をなくするであろう。
(サムエル記上/ 02章 31節)
皆、早く死ぬということです。
もちろん神の言葉は実現します。
しらせをもたらしたその人は答えて言った、「イスラエルびとは、ペリシテびとの前から逃げ、民のうちにはまた多くの戦死者があり、あなたのふたりの子、ホフニとピネハスも死に、神の箱は奪われました」。
彼が神の箱のことを言ったとき、エリはその座から、あおむけに門のかたわらに落ち、首を折って死んだ。
(サムエル記上/ 04章 17節~18節)
旧約時代の神は、恐ろしいものです。
家庭連合は「偶像崇拝」によって、ユダヤ民族以下、すなわち旧約以下のレベルに堕ちています。
しかし、有難いことに、「時代的恵沢」があります。
「御旨の道」から引用します。
神様の戦法は、奇襲するのではなく、ゆっくりと正規の戦法を使うのである。
もし激戦を始めたときには、戦いに勝利したとしても、獲物を全部使うことはできない。
虜にした獲物には完全なものがない。
しかし、ゆっくり戦うなら、虜にした獲物もみな使えるのである。
(135頁)
澤田教会長も「獲物」が壊れるのを、願っていません。
家庭連合が「倒産し崩壊する」前に、「内部改革」が起きることを願っています。
それは本当に「公職者の身のため」だと思います。
昨日の当ブログのように、もはや「先生」には期待できません。
公職者は、「先生」の顔色を見るのではなく、自分自身で決断すべきです。
(お問い合わせ先:メール sanctuary.saitama@gmail.com
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