埼玉サンクチュアリ教会(日本サンクチュアリ協会 埼玉教会)

私ども夫婦は、2015年8月30日に米国サンクチュアリ教会本部で行われた「真の御父様の聖和3周年記念礼拝」(真の基元節)および「真の御父様の権威に戻るための祝福式」に参加し、同日の夜、日本において「真の御父様の権威に戻るための祝福式」を行うための、任命の祝祷を受けました。
2015年12月30日にCyberサンクチュアリ人協会の会長を辞め、真の御父様・亨進様・国進様の側近である江利川総会長の下で働くため、日本サンクチュアリ協会に移籍しました。

253頁まで 原理本体論の要約

Ⅱ.前編


第1章 創造原理


序論:創造原理とは何か


1.神様の二性性相


2.神様と人間の関係


3.神様と被造世界の関係


4.万有原力と授受作用および四位基台


5.創造目的


6.創造本然の価値の決定とその価値の基準


1)価値の定義


2)価値の決定


3)創造本然の価値基準


4)創造本然の知情意と真美善


****上記まで、昨日当ブログ


5)愛と美、善と悪、義と不義


(1)愛と美

授受作用の結果、対象が主体に返す「美」が現れますが、美は三つに区分できます。

「忠」、「孝」、「烈」がそれです。

私の心の中心に神様を迎え、神様の心に従って、神様のみ旨が私のみ旨だという信念で生きることが、忠だというのです。

神様のために生きるように、私の心と思いと精神を尽くして父母のために生き、愛することが孝です。

「烈」というものは、相対を絶対的に信じて愛し、相対に服従するものです。

その価値は「絶対性」の上に立てられるのです。

その「絶対性」を失えば、すべて失うようになります。

「忠」もなくなり、「孝」もなくなり、「烈」もなくなるのです。


(2)善と悪

神様の創造目的を成就する行為やその行為の結果を、善といいます。

反面、サタンを中心として四位基台を造成することによって、サタンの目的を成就する行為やその結果を、悪といいます。


(3)義と不義

目的を成就する過程において、善のための生活的な要素を義といい、悪の目的、言い換えれば、サタンの目的を成就する過程において、その悪のための生活的な要素を不義といいます。

それは、常に「中心が神様か、そうでないか」という問題がついてきます。

常に神様が動機でなければならないのです。


(お問い合わせ先:メール sanctuary.saitama@gmail.com
         電話番号 堀勇一070-6670-5334 堀久子070-6637-7424 )


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