埼玉サンクチュアリ教会(日本サンクチュアリ協会 埼玉教会)

私ども夫婦は、2015年8月30日に米国サンクチュアリ教会本部で行われた「真の御父様の聖和3周年記念礼拝」(真の基元節)および「真の御父様の権威に戻るための祝福式」に参加し、同日の夜、日本において「真の御父様の権威に戻るための祝福式」を行うための、任命の祝祷を受けました。
2015年12月30日にCyberサンクチュアリ人協会の会長を辞め、真の御父様・亨進様・国進様の側近である江利川総会長の下で働くため、日本サンクチュアリ協会に移籍しました。

「職業の自由」 憲法論議 

昨年3月11日の当ブログで見た、天一国憲法の第3条第9節第17項を引用します。

連邦議会は、いかなる職業に対しても、政府による認可を求める法律を通過させることを禁じられる。

その時、次のように書きました。

いつだったか、説教でも語られていたと思います。

医師でも、美容師でも、やりたければ自由にやれるということです。

信用が無くて仕事が無いのは別問題です。


10月31日の当ブログで見た、日本憲法の第二十二条を引用します。

何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。

日本の場合、「政府による認可を求める法律」が許されてしまうのは、「公共の福祉に反しない限り」という「制約」が原因です。
「公共の福祉」に関する代表的な条文は第十二条です。 

この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

天一国憲法を学ぶ以前には、「権利の濫用」を制限する「公共の福祉」が、良い概念だと思っていました。
今では、自由を制限する「政府」の武器になることが分かりました。


「国民の不断の努力」が要求されていることは、「神」や「王」の不在を感じますが、「責任分担」の側面では、正しいと言えます。
「公共の福祉」も、「神の不在」の中で、「倫理」を与えるために、必要なのかも知れません。


(お問い合わせ先:メール sanctuary.saitama@gmail.com
         電話番号 堀勇一070-6670-5334 堀久子070-6637-7424 )


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