「家庭連合の批判」康御母様の自叙伝から
から引用します。(翻訳・掲載に感謝申し上げます。)
私がそのような心の姿勢を持つようになったのは真の父母様がいつも、「大きな罪の中に何の罪が一番大きいか?人の心情を蹂躙することがもっとも大きな罪だ。」と話してくださったからです。いつかチョンパドン(청파동;靑坡洞)の頃に誰かが柿をひと箱持って来ました。彼はアニャン(안양;安養)から汽車に乗って出発しソウル駅で降りて柿ひと箱を頭に乗せて教会まで来ました。そこで奥の間に置いておいたところアボニムが、「今日この柿がここに来るまでどれほどその人が精誠を捧げ、祈祷をたくさんし、アボニムがお召し上がれればという心情を持ったのではないか?そのような心情を蹂躙せざるを得ない資格のある人はこの柿を食べてもよい。”と言われました。そのみ言葉を聞いて、誰もその柿を食べることができませんでした。それ以後に私は食口たちの心情を蹂躙してはならないという考えを多くしてきました。
日本食口が献金する心情を、韓国人幹部・牧会者は蹂躙したと思います。
日本の公職者も一緒になって、蹂躙したと思います。
から引用します。(翻訳・掲載に感謝申し上げます。)
私はその時までそのようにみすぼらしい家と部屋は想像してみたこともありませんでした。ふと、‘人がこの地の上に生まれてこのような家で一生を生きて行けばどれほど多く恨が残るか?’という思いがしました。
今も私はその瞬間を浮かび上がる時があります。再臨主として来られたアボニムが畳2枚ほどにならない狭い家で人類救援の歴史を始められたということを考えれば、アボニムがどれほどあきれた生活をされたのかという考えに申し訳ない心が起こります。
そのような家であったが、アボニムはその家を素手で建てておいてどれほど幸せだったのか忘れることができないと言われました。アボニムが釜山に避難に来て家がなく過ごし多くの苦労をしたと言われました。一日が暮れても入って休むところがないのでどれほど大変だったでしょうか?そうしてボムネッコルに家を一つ建てることにしました。ところで少し積み上げれば雨が降って崩れ、また少し積んであげて置けば雨が降って崩れるのを3度もしたのです。
かろうじて家を完工した日、壁も乾かなかったが入って横になると世にまたとないほど幸福だったと言われました。大理石で立派につくった家でなく二坪にもならないトタンの家であるが、規模の大きい立派な屋敷の王宮よりも値打ちがあり美しい部屋一間、足を延ばして横たわることができる家があるということがどれほど良かったのか忘れることができないと言われたみ言葉を聞いたことがあります。
二代王様が「聖人」と呼ばれた「日本食口」は、上記のアボニムと似ていると思いました。
その「心情を蹂躙」した人達は、「もっとも大きな罪」を犯しました。
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