群馬県高崎市白岩町サンクチュアリ教会(元・埼玉サンクチュアリ教会)

私ども夫婦は、2015年8月30日に米国サンクチュアリ教会本部で行われた「真の御父様の聖和3周年記念礼拝」(蘇生期・真の基元節)および「真の御父様の権威に戻るための祝福式」に参加し、同日の夜、日本において「真の御父様の権威に戻るための祝福式」を行うための、任命の祝祷を受けました。
2015年12月30日にCyberサンクチュアリ人協会の会長を辞め、文鮮明真の御父母様・文亨進二代王様・文國進監察総監様の側近である江利川総会長の下で働くため、日本サンクチュアリ協会に移籍しました。

天一国国歌

「2015年1月25日 『神様、王妃を救いたまえ』 文亨進」から引用させて頂きます。


>皆さん、天一国には、王様がいらっしゃいます。 王様です。そして、王国に何があるべきかは、王様が決めます。 他の人ではありません。


国歌を決めるのも、王様です。 天国〔天一国は天国を指します〕の精神が どうあるべきかは、王様が決めます。 国歌にどのような精神が反映されるべきかは、 王様が決めます。


>お父様が定められた歌を見てください。 「栄光の賜物」です。 今日の礼拝の始めにも歌いました。これは、殺人的なフンナム収容所で書かれたものです。フンナムの拷問室で生まれた歌です。どんな内容か見て下さい。


>「ああ、悲しいかな!」ではありません。 「遥かに輝く栄えの光  強く生きよ、自由のいのち」です。 死の環境のおいて、神様を賛美しておられるのです。

>周りには餓死する人、死んだ同僚の口から食べかけの米を取って食べる人がいます。 殺人的収容所で、服を剥ぎ取られ、拷問され、 殴打されながら、書かれた歌詞です。これぞ、天国の歌であり、天国の精神です。

サタンのほかに誰が、これを変えようとするでしょうか。サタンのほかに誰が、 天国の精神を揉み消そうとするでしょうか。


>皆さん、サタンは命令しません。サタンは「提案」します。 例えば、「あのクラブに入れ、 麻薬を飲め」とは言いません。そうではなく、「あれをしたら、面白いだろうね。 麻薬を飲んだら、気持ちいいだろうね。あの子と寝たら、・・・」なんであろうと。 持ちかけるのです。


> 「栄光の賜物」に対して彼らが、 建議した内容を見て下さい。 「あまりにも憂鬱な曲です。もっと軽快な曲が必要です」 「天一国の新しい時代を表し、 清平と天正宮と関連した内容の歌が必要です」


>お父様は、フンナムについて何と言われましたか。 私が拷問を受け、血を吐いて倒れたとしても、天よ、この血を見て私のために涙を流さないでください。これは恥ずかしい血となるのであり、嘆きにぬれた怨恨の涙になるので、ここに天が同情することを願いはいたしません」と言うのです。ですから、監獄に入るようになっても祈祷はしないのです。 心情世界にあっては、そのようにしなければならないのです。〔26-21.1969.10.14〕


>これを彼らは、「憂鬱だ。ネガティブだ。もっと軽快な曲がないと」と表現したのです。 「刑務所のことは忘れましょう。 私達を救うためにメシアが拷問を受けたことは忘れましょう。ハッピー、ハッピー、ハッピーな歌が必要です」


>誰が、サタンの霊でなくして誰が、この歌をこのように歪曲するでしょうか。サタンでなくして誰が、歪曲して、 私達を天国の精神から引き離そうとするでしょうか。



「天一国の歌」は最初「天一国国歌」に次ぐ愛唱歌のようなものだと思っていました。
「天一国経典」も「八大教材・教本」に次ぐ副読本のようなものだと思っていました。


ですからサタンは巧みです。
いつの間にか、すり替えてしまいました。


サタンを見抜くことができる人は、メシヤの後継者に違いありません。
天一国国歌の精神を見事に指摘できる人は、メシヤの後継者に違いありません。
御父様が聖和された後、なぜかしら感動を忘れていた筆者に、涙を流させた説教者は、メシヤの後継者に違いありません。

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