No Longer Slaves(もはや奴隷ではない) 「時代の変化」
2016年2月14日、「後のものが先になり、先のものが後になる」預言成就の日、二代王様と共に歌った感動を忘れません。
I’m no longer a slave to fear
I am a child of God
大きな「意識転換」が必要でした。
「サタン世界」でも、家庭連合でも、「奴隷」だったからです。
その後、あまり時間が経っていない、2016年4月9日の当ブログから引用します。
「父母の心情 しもべの体」
「絶対信仰 絶対愛 絶対服従」
うろ覚えですが、「真の愛で奴隷になりなさい」というような御父様のみ言葉もありました。
2011年に作った、「ロック調」の歌詞です。
親は選べない
子供も選べない
妻も選べない
道も選べない
もし一つだけ選べるなら、幸せなしもべになりたい
もし一つだけ選べるなら、神様のしもべになりたい
マタイによる福音書/ 06章 31節~34節
だから、何を食べようか、何を飲もうか、あるいは何を着ようかと言って思いわずらうな。
これらのものはみな、異邦人が切に求めているものである。あなたがたの天の父は、これらのものが、ことごとくあなたがたに必要であることをご存じである。
まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば、これらのものは、すべて添えて与えられるであろう。
だから、あすのことを思いわずらうな。あすのことは、あす自身が思いわずらうであろう。一日の苦労は、その日一日だけで十分である。
これは、まだ国が無いイエス様の弟子の、「奴隷」としての歩みだと思います。
それは、ある意味、「気楽な」「その日暮らし」でした。
一昨日の当ブログの通り、今は、「王家の考え」を教えて頂くようになりました。
それは、ある意味、「あすのことを思いわずらう」「自由と責任」です。
聖き雨に2つのカップルの祝福式■キングスリポート7月13日,17日(2日分) から引用します。
(翻訳・掲載に感謝申し上げます。)
私の力でなく、私の能力でもなく、主の能力に頼りながら、神様に行かなければならないというのです。
私は主の元に行くというのです。
主の中で喜びがあり、主の中で善の良心がある、信実があり、主の中で私の道があるというのです。
主は道であり、真理であり、生命だとおっしゃいました。
私を通じなくては、その誰も救いを得られないと言いました。
神様の栄光のために生きる、ということです。
私たちがそのように生きる時、私たちは能力者の中の能力者になるというのです。
アーメン アジュー
(休み時間)
「神様の栄光のために」「思いわずらう」「幸せな」「自由人」です。
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