自由と「無責任」
人間は、楽な方へ流れるものです。
加えて、人間は「全知」ではありません。
それを自覚していればよいです。
しかし、「自分を中心に考える」傲慢さを持った時、人間は間違いを犯す恐れがあります。
1.血統問題
大前提は、真の祝福結婚です。
「御母様の祝福も有効」と考えれば終わりです。
亨進様の祝福を受けても、気をつけることがあります。
それは「相手のために結婚する」思想です。
そのつもりで自分の身を慎み、必要があれば「告白」と「恩赦」を経て、相手を選び、家庭を営む必要があります。
しかし、もしも「自分を中心に考える」ことによって、「偽りの愛」が生まれれば、堕落歴史を繰り返すことになってしまいます。
2.公金問題
上記祝福結婚の感謝献金から問題は始まります。
真の御父様の「七死復活」の犠牲によって、何よりも尊い「神様の血統」を賜る、無限の価値に報いることを忘れてはなりません。
それを条件的に越えたとしても、「十一条」による「神様への感謝」を忘れてはなりません。
それができずに負債を感じる、その「負債」を忘れてはなりません。
「十一条」について、「公認教会」は、信徒の「十一条」の「十分の一」を米国本部に捧げ、「十分の九」は、教会発展のために使うことができるとされています。
しかし、それを「家庭教会」に当てはめて、「十分の一」の「十分の一」、すなわち「百分の一」にしてしまうのは間違いです。
「家庭教会」は、米国本部か「公認教会」に対して、「十一条」を捧げる必要があります。
「家庭教会」も「公認教会」も、各々の次元で、もしも誤れば裁きを受けるでしょう。
不正を行う「公認教会」、不正な指導者の立つ「公認教会」に献金する人は、誰もいなくなるでしょう。
3.人権(心情)蹂躙
人権(心情)蹂躙の分岐点は、真実に基づかないことだと思います。
「誹謗中傷」の類です。
特に、それは見えないところで行われます。
反論の余地を与えないためです。
表で行われれば、反論の余地があります。
もしも糾弾が間違いであれば、糾弾者が裁きを受けるでしょう。
それが自由と責任です。
糾弾者も「命がけ」です。
中途半端にはできません。
ところが、陰で行われる「誹謗中傷」は、無責任に真実を殺します。
それが最大の人権(心情)蹂躙です。
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サンクチュアリ教会の運動に参加して、短い間に多くの勉強ができました。
これからも勉強は続きます。
御父様に感謝いたします。
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