劉会長について
もしかしたら、劉会長は「最後になった者」かと思っていました。
そうであれば、私達は「最初になった者」として、かばってあげる責任があると思って、遠慮していました。
「会長」という呼称は、昔の肩書を敬称として使っているだけかも知れません。
しかし、少なくとも「講師」として「公人」になられましたので、論評させて頂きます。
1.この問題は、4月6日の当ブログ「神様は公平か 不公平か?」が、よく当てはまると思います。
祝福を受ければ、どんな人でも、天国に行くでしょう。
しかし、地上で蕩減を払わなければ、天国では肩身が狭いでしょう。
それを考えれば、地上で蕩減を受けることは、神様の愛です。
江利川総会長の発言は、劉会長ご自身のために良かったと思います。
2.さらに、亨進様とのやり取りを見ると、次のことが分かります。
劉会長は「講師」になりましたが、「良い指導者」とは認定されていません。
3.さらに、今まで私が論評を遠慮していたのは、次のことです。
劉会長を受け入れることのできる人達が、もしも江利川総会長を受け入れることができないとすれば、全く不思議です。
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